【A氏】奥入瀬エコツーリズムのひとつの特徴ともいえる「コケさんぽ」ツアーですが、皆さん、参加されてどう思われましたか? どうぞ率直な感想をお聞かせください。
【B氏】そうですね、これまでは、ただ漠然と「コケってキレイだよね」とか「コケの緑がいいよね」っていうくらいだったんですが、<ふれる機会>というのが、新たに加わりましたね。それで「コケってキレイだね」というところから「コケってカワイイね」っていう気持になったのが大きな変化でしょうか。奥入瀬といえば、流れや滝なんかを眺めつつも、時どき「この花、かわいいね」とか「このきのこ、面白いね」というのも結構あったんですけど。
【A氏】一歩突っ込んだつきあいができるようになった、ということですね。
【C氏】私はもともとコケの存在をわりと意識していまして、これまでにもその色あいとかを楽しんでいましたけど、それでも直に手に取ってみよう、という機会はありませんでした。なので、このツアーで直にコケを手に取って、それをルーペを使って覗いてみた時の感動は大きかったですね。「いったい何なの、この透明感!」って感じでした。衝撃でしたね。以後は、もう必ずルーペを使って観察するようになりました。その感動を分かち合いたくて、知り合いにコケの魅力を紹介することもあるんですけれど、反応は人それぞれ。ただコケの魅力に気づいてくれる人はちゃんといます。紹介すればしたぶんだけ、どんどんコケのファンが増えていくんじゃないかと思っています。
【D氏】あるモノにどう接するか。これってとても重要なことだと思っています。人と人でもそうですし、ある作品でもそうですし、小説でもそうですし。あるモノ──とにかく、ある対象物と自分自身がどう接するかっていうところの、「接し方の問題」って、非常に重要だと思うんです。そして、いろんな手法でもって、どうやってそれを伝えていこうか、というのも、とても大事なことです。そうなりますとやっぱり「知ろう」という気持ちになりますし、そこから広がっていくようなイメージもあります。また、そこからいろんな活動につながっていきそうだなっていう期待感も出てきます。
【A氏】対象とどう接するか。どういうスタイルで、どう接していくか。そこから何が出てくるか――非常に大事なことだと思います。
【E氏】コケの魅力を撮るにはマクロ撮影ということになります。でも、マクロ写真って、観光ではあまり求められないんですね。旅行代理店とかの広告写真には、まず載りません。なぜならマクロ写真で、そこに「行ってみたい」と思わせるということは、まず期待できないからです。観光広告というと、だからどうしても風景写真ということになります。マクロ写真における<美>は観光地の宣伝には向かないんです。ただパンフレット式の組み写真ということになれば、その限りではないと思います。
【A氏】なるほど。実は、私がこういうスタイルのツアーを発案するきっかけとなったのは、コンパクトデジタルカメラとの出会いが大きいんです。コンデジって、マクロ機能にとても強い機種があるんですよ。風景を撮っても、ぼやっとした感じ、いうなら<それなり>にしか写らなかったものが、小さなものを撮ると、驚くほど近寄れて、しかも光の使い方によっては、かなりキレイな、面白い写真が撮れたりもする。それが刺激的で撮り続けているうちに、小さな世界の魅力にどんどん絡めとられていきました。でも、それを観光PRにというのは、やっぱりなかなか難しいんですかね。確かに「この地の自然が美しいから来てください」という宣伝となると、どうしても景観写真になってしまうというのはわかりますけれども。

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【F氏】隠花植物のように、一般に<目立たないもの>を対象にしたエコツアーはおそらくあまりないと思うんですね。ただ私の経験では、例えばオーストラリアのブルーマウンテンっていうところの話なんですけど、そこはまさしく森とコケの世界なんです。そういうものを観て楽しむ場所なんです。そこでの観光は、ただただ自然を観る、撮るという、いたってシンプルなものです。店だとかなんとか、そういうものは何もない。観光客が来て<消費する>ものが何もない。そういう楽しみ方をする場所です。そこでは専門家がいろいろな研究をしていて、多くのデータを取っているわけですね。それが観光資産となっている。しかし専門家だけでは、なかなか十分な時間も取れない。そこで、いわゆる市民と一緒に研究しようという体制ができているんです。シチズン・ナチュラリストと呼ばれる人たちで、むしろ専門家よりも知識の豊かな方が多いんですけど、そういう人たちから情報を得る。ひとつのネットワークをつくる。アマチュアと呼ばれる人たちから情報を収集して、それが専門家を支えていく。もちろんデータの吟味が必要になってくることになるんですけれども、そこで膨大なデータを収集して、ひとつの地域研究として作り上げるというようなことをやっているんですね。これは、将来的な奥入瀬観光のモデルとなるのではないでしょうか。
【A氏】観光というと、風景を単に表面的に眺めておしまい、という印象が、なんとなく強いんですが——もちろんそうではない人も少なからずおられますが——やはり「観る」ということ——いわゆる観測の「観」ですね——を基本にしてくと、見えてくるものや感じ取れるものが絶対に変わってくると思います。「観る」という行為は、「目で見る」というだけではなくて、例えばそこで音を聴いたり、触れたり、そういう五感を使った体験のことであると考えます。種の同定や識別ということでいえば、最終的には顕微鏡で判別することになるのが隠花植物の世界だと思うんですけれども、まあ極論でいえば、正確な——学術的に正しい種名は特にわからなくたって、べつにいいんですよ。名も知らぬコケからでも、学べることや感じ取れることはたくさんあるんです。もちろん、同定や識別といった分類を軽んじてのことではありません。しかしそのことが「壁」になってしまう、もしくは敷居の高さになってしまって、その本質的な魅力に触れないままになってしまうというのは、とても惜しいのではないかと思います。ただ、地域の有志が、それこそシチズン・ナチュラリストとして、解析の部分からその展開に至るまで、きちんと関わっていかなければいけないな、とは思います。そのあたりも含めた最初の一歩として、景色をただ単に見流していくのではなくて、「路傍の小さなものにも目を向けてみましょうよ」っていうガイディングは、非常に大事なのではないかと考えています。
【B氏】それまで「見たことのないもの」を「見た」時に感じる「すごい!」「こういうふうになってるんだ!」っていう感動が、こういうツアーでは大事なんだと思います。ただ、従来の観光ガイドスタイルでは、小さなものをじっくり観せている時間がない、というのが現実だと思うんです。いわゆる観光ツアーのお客さん相手のガイドで、路傍の小さな自然をじっくり観て頂く時間なんて、まずありません。そこにジレンマを感じているガイドさんも少なくないんじゃないでしょうか。多くの観光ガイドが、自分たちが勉強したことを生かしきれていないわけです。伝えたいんだけれども、それを団体で来られたすべてのお客さんに伝えることはできません。
【A氏】それはゲスト自身の時間的都合ということもあるだろうけど、団体ツアーのプログラムで、奥入瀬への滞在時間が、ごく短い時間しか割り振られていないということにも起因しますよね。
【B氏】そうです。ちゃんとお話さえできれば、やっぱり「すごいな」って。「こんなふうになってるんだな」って。そういう反応は、コケに限らず自然観察ツアーではすごくあります。ただそれをやっていく時間がないというのが、とっても残念なんですね。団体ツアー体制の問題点ですよね。個人のお客さんの時には、それも時間がゆっくりあるんだよっていう時には、じっくりと案内するようにしていますし、また自分もそれを楽しんで案内しているところもあるので、そうすると3時間が4時間になったりと、時間オーバーしちゃったりすることもあります。
【C氏】私はですね、時間の制限とか制約のあるお客さんの場合、奥入瀬の名所を詳しく案内するみたいなところはむしろどんどん省いちゃって、コケを含めた植物の美しさとか愛らしさ、そういうところに時間を割くような感じで案内してますね。これまで、たまたまだったのかもしれないんですけれども、団体のお客さんでもそのパターンでたいへん感動してくださいます。確かに時間の制約というのはどうしてもあるので、特に団体のお客さんの場合には難しい面はあるんですが、コケの美しさ、かわいらしさをほんの少しでも、できるだけ楽しんでほしいなという気持ちで案内してます。まあ、本当にちょっとしたきっかけでしかないんですけども。でもその体験によって、お客さんが一回でも反応してくださればいい。そのお客さんが家に帰ってから「こんなキレイなところがあったよ」「コケってかわいいんだよ」っていうことを他の人におっしゃってくだされば、それが口コミになって広がっていくんじゃないかな、と期待しています。

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【E氏】東北ではかつて大きな震災があって、アクセスが分断されて、お客さまがまったくいらっしゃらなくなったことがありました。私はホテル勤務でしたが、当時、観光のお客さまは皆無です。ゼロです。青森にいらっしゃるお客さまの7割くらいは団体のお客さまだったんですね。それが三陸沖が被災しましたので、商品としてはもう何百本とあったんですけど、全部ゼロクリアです。それでもう一度「周遊プラン」を作って、旅行代理店に営業に行ったのですが、ほとんど売れませんでした。ところが奥入瀬は違った。ゴールデンウイークに新幹線が復活した同時に、なんとすぐいっぱいになった。それもほとんどが個人客でした。ツアーではなく、デスティネーションとして奥入瀬観光に来たという人たちです。ピンチがチャンスに変わったという典型的な例です。奥入瀬は、震災前よりむしろ宿泊率が伸びているんです。渓流の知名度。旅の目的。そういう意味で、ここはものすごく高いポテンシャルを持っている、と思います。
【A氏】それは、何か特別な営業を仕掛けた結果なのですか?
【E氏】ホテルとしてのブランド戦略が成功した、ということがまずひとつ。そしてもうひとつは奥入瀬という地域がもともと持っているイメージを、さらに効果的に宣伝した戦略の結果ということになると思っています。セグメントに応じたキラーフォトで認知度と訪問欲を上げていくという、まあ、当たり前と言えば当たり前の広報手法ですが。逆に、十和田湖観光が震災後にもあまりふるわないのは、その当たり前のことができていないからだと思います。バスで着く、昼を食べる、遊覧船に乗る、次の宿に出かける──という旧態依然のスタイルから脱却する努力していない、ということがいえると思います。
【A氏】「奥入瀬に行きたい」という明らかな目的を持った個人利用者が増えてきたというのは、そのまま奥入瀬観光の可能性を示すものだと思うんですが、そういう「目的を持って訪れる個人客」を迎える側の従業員の皆さんは、どんな意識で対応されていらっしゃるんでしょうか。
【E氏】人は、自分のそばにある魅力にはなかなか気づきません。なので、いちど県外に出たことのあるスタッフの視点は比較的いいと思います。コケに関しての反応にしてもそうでした。奥入瀬の素晴らしさに気づいてくれる。けれどマストでしかないもの──やらなきゃいけないっていうものに対して、人間ってそうそう興味は持てないものなので、なかなか次のステップには進んでくれません。長期滞在のお客さまが奥入瀬にもいらした。そういう時、地元スタッフはどう対応するのか。それは実は青森の課題になってるんです。なぜならホテルは決してそういうイメージの建物でもないし、そういう魅力も作っていないし、従業員にしても、リピーターのお客さまにゆっくりと滞在して頂いて、ちゃんと満足して頂こうっていう接遇には、まだぜんぜん慣れていないからです。もしかしたら考えたこともないんじゃないかな。
【A氏】地元の人が、自分の土地の魅力になかなか開眼できない——という話はよく耳にするところなんですけれども、観光関係者にいちばん大事な視点は、やはり「外からの視点」だと思うんですね。それがないと魅力づくりも何もできません。でも「ヨソモノが勝手にやってきて勝手なことをいっている」みたいなハナシもまた、どこにでもあります。ここにもあります。特に、コケだとか森だとか、そんなマニアックなテーマでは集客できないからダメだとか、奥入瀬の下流域なんてたいして見るものはないだとか、平気でそういう感じのことを口にする観光関係者は、意外なほど多いんだなっていう印象がありますね。団体客を右から左へ移すようにこなしてさえいれば、それでよかった観光の時代が確かにあった。結果として時代に取り残されて、行き詰まってしまった。なのに、団体が来てくれないとどうしようもない、という考えの人はいまだ多いし、もう昔のような団体客なんて、そうそう来るような時代じゃなくなってきているんだということがどうしてもわからない、というか、わかろうとしない。ネット社会だというのに、情報を収集・集積・解析して、自分の地域を客観的に見ていくような観光関係者が、若い人にまでほとんどいないっていうのは、これはいたって残念なことです。
【B氏】地元の人間が──特に旧十和田湖町の人たちが、果たして奥入瀬渓流の滝の名前をいくついえるのでしょうか。たぶん、ほとんどの人が知らないと思います。渓流の国道にしても、ただ通るだけの道路っていう、そういう感じ。何かの機会に話をしたら「え? 渓流ってそんなに綺麗だったの?」みたいなリアクションだって、ざらにあります。他の地域からいらっしゃる観光客の方も大切ですし、滞在型のお客さんもすごく大切だとは思うんですけど、やっぱり地元の人たちに地元の魅力を、もっとわかってほしいなというのはすごくありますし、そのひとつの例として「奥入瀬はコケがすごくキレイなんだよ」っていうのを伝えていきたいな、というのがあります。「今日は奥入瀬にコケを見に行く」なんていっても、大概の人が「え? コケ?」っていわれるのが実際だと思うんですけど、そこで「あのね、コケってすごくキレイなんだよ」ってことを、地元の、周囲の人たちにちゃんと伝えていかなければいけないな、という思いがありますね。
【C氏】地元の人間がまずその魅力に気付かなければ、それを他者に伝えるなんて、とてもできないと思うんです。他人に強制するのはあまり好きじゃないんですけども、ホテルの従業員など観光事業に携わる人、そして県や市の観光関係者の方がたには、ぜひ奥入瀬をコケの視点で見直してみてほしいと思っているんです。従来の写真だとかパンフレットばかり眺めていても、そこは絶対に伝わらない。ルーペを使って、実際に自分の目で覗いて頂く。その体験をしてほしい。きっと、その素晴らしさにハッと気が付くと思うんです。そして家に帰って、家族ですとか友人といった周囲の人たちに、その素晴らしい体験をぜひアツく語ってほしいんですね。奥入瀬の観光関係者は、どんな人でも、ひと通りコケを通じて見た自然の面白さみたいなものを説明できる——こういう体制になれば、奥入瀬の本質的な魅力が少しずつ伝わっていくと思うんですね。そういう説明ができるようになるには、やはり自身がとことん体験しなくてはなりません。実際の経験さえあれば、皆が自信を持ってお客に勧められるようになるでしょう。知事にも市長にも、まずはルーペを持って奥入瀬を楽しんでもらおうじゃありませんか。