座談会「コケ旅」は奥入瀬観光を変えるか?(その二) 座談会「コケ旅」は奥入瀬観光を変えるか?(その二) エコツーリスム講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

【A氏】先ほど外国の例で、地域の市民ナチュラリストが率先して地場の自然を調べて、専門家の方がたと連携して地域の自然財産目録を作っていくような体制についてのお話がありましたけれど、逆に地域が地元の自然環境リサーチにあまり関わろうとせず、例えば観光施設とか行政だけがいくらキャンペーンを張っていても、広報効果は薄いと思うのですね。地域全体の活性化と観光というのは、実はものすごく関係が深いと思うんですけど、そういう地域住民との連携ということでは、例えばアートで地域を盛り上げようというような活動は、いま全国あちこちであるように思います。

【D氏】一般的に考えたら、「こんなのありえないだろう」っていうような状態を、まさに超えてる状態がアートだと思っているんですね。あるものをどう並べるか、そこにどれだけのエネルギーを注ぐかで、すごいものになってしまう。アタリマエのものが、ありえないことになること——それが芸術なんですね。何でもない状態のものが、すごい状態に変化する。その時、人はそれをすごいと思って、感動する。
 ここですごく重要なのは、芸術とか美術とかを含めなんですけど、これは観光にも必ずつながることだと思うんです。要は「心が動く」っていうことだと思うんです。心が動く。感動する。それは何に基づくか。感性に基づいている。センスです。センスとかフィーリングとか、感覚というものですよね。感覚で、皆さんいろいろ感じている。
 例えば、ある料理を食べる。「あ、美味しい」って思う。その感情とか感覚っていうものが、日常、例えば学校教育の中で、地域教育の中で、実はあまりまともに教えられていない。そこに僕は危惧を持っていまして、そういう取り組みが必要だと思っているんです。
 自然の中に入ってルーペでコケを覗いた時に、そこにあるのはたぶん感動だと思う。心が動く、ということだと思うんです。そうやっていろんなものに接して、自分の知らなかった別の世界に出会って、感動することが欠かせない。心が動かないと、人は動かない
 コケとかそうした小さなものを観察するというテーマの向こう側にあるのは、その奥に宇宙をイメージしてしまうくらい、ものすごい自然のつながりあいの世界が見えるということなんじゃないでしょうか。そして、それを知ることで、たぶん感動するんじゃないでしょうか。その繋ぎ方の手法であるとか、さっきのルーペとか、さきほどお話に出てきた写真であるとか、宿泊することとか、それがツールであったりとか、手法であったりとか、どうそれらを繋いでいくのかということを、もっと考えていかなくちゃならない。
 地域財産っていうのは、いろんなものがいっぱいある。自然財産もそうですし、近代遺産もそうですし、地域産業そのものにしてもそうです。人もそうです。人材っていうのも地域の遺産です。その地域に潜在している、いろんな宝物。これは「種子」と言い換えてもいい。そういうものがいっぱいある。

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【A氏】なるほど、しかしそういうものはえてして見逃されている。注目を受けない。それらを「素晴らしいもの」として、どう変化させていくのか。演出と展開といってもいいと思うんですけど、そこにたぶん重要なポイントがあるんですよね。いうならば、その変化に立ち会えるというのが、いちばん面白いところなのかもしれない。地域の皆さんは、それを目にする、体感することができる、いちばん近いポジションにおられるわけですから、そこで心が動く確率が高いと思います。問題は、そういった状況をどう作っていくのか。

【D氏】今回は観光がテーマですけど、例えば福祉の領域でとか、医療の領域でとか、環境の領域とか、防災の領域とか、教育の領域とかで、今までいろんな実験的な、いろんな活動がなされてきたわけです。そうした中に「ええッ! こんなやり方もあったのか!」というような、常識を超えたようなやり方、それまでのセオリーとはぜんぜん違った解決方法が生まれたりとか、ぜんぜん違う活動が生まれてきたりとか、そういうことがままあるわけです。それはまさにアートなんですよね。それはもう「こんなことありえない!」っていうことだからなんです。
 観光という概念の中で、あえて小さなコケを主役に持ってくる——実はこれってとてもアートな活動だと思っていまして、「立ちどまるから、見えてくる」っていうスタイルをポンと前面に出して、「さあこれが奥入瀬観光です」っていうのは、まさに常識を超えている。そういうのが「観光」だとはふつうは思わない。だから、ああ、これはまさしくアートだなっていう感覚が生まれてくるんですね。

【A氏】なるほど、奥入瀬のコケ観光スタイルそのものがアートなんだ、という。

【D氏】そうなんです。そして、そこでもっと大事なことは「誰と物事に対峙するのか」っていうことだと思うんですね。ここ、すごく重要です。誰と見るか。誰と、その場に立ち会うか——コケの観察ツアーということならば、やはりそのツアーの案内人である担当ガイドが、本当にその自然に対して、心から魅力を感じていて、心からそれを面白いと思っていて、ご本人自らがそれを楽しんでいて、それをどうにか伝えたいと思ってる人じゃなくちゃいけない。そういう人と一緒に対象を観察すると、それがすごいものに見えてくるんですよ。ところが、その担当者が、実は内心で(こんなの大したことない)とか(仕事だからしょうがない、とりあえず紹介しておくか)みたいな感じの人であったとしたら、そういうところは必ず相手に伝わってしまいます。
 なので、物事の価値というものは、誰と対峙するかで変わってくるわけです。下手をすれば、その対象が持っている素敵な価値をそこねかねない。価値が損なわれるわけではないけど、魅力が伝わらない、ツマラナイものとして紹介されて、そういうものとして伝わってしまうということです。価値っていうのは、絶対的なものではないんですね。常に相対的なものでもあるんです。認識する人間の<関心の度合い>によって、価値というものは変わってくる。
 Aさんにとって全く関心がないもの。これはAさんにとって全く価値のないものです。でもBさんがそれに対して非常な関心を持っていたら、Bさんにとってそれはとっても価値のあるものです。そこでCさんに対して、その対象を紹介するというシチュエーションが生じた際に、価値と全く感じていないAさんと一緒にそれを見るか、すごく価値を感じてるBさんと一緒に見るかで、Cさんの見え方、感じ方はぜんぜん違うものになってくるということです。
 ちょっと変な例えなんですけど、アサヒビールをですね、キリンビールの社員と飲むとね、実はあんまり美味しく感じないんですよ(笑)。だけどね、アサヒビールの工場長と一緒に飲んだら、これがもう大変に美味しい。つまり価値というものには、そういう側面がある。そういうものだと思うんです。だから、ただの観光ガイドと歩く奥入瀬と、奥入瀬の自然のことをものすごく面白いと思ってるガイドと歩く奥入瀬とでは、案内される側の印象はぜんぜん違ってくるはずなんです。興味関心を持っている人と一緒に過ごす時間というのは、それくらいの価値がある——そんなふうに思うわけですね。

【A氏】優秀なガイドというのは、そういう人のことなんでしょうね。

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【F氏】私たちは何でもすぐに人間の側からの視点だけでものを見ようとしますよね。私は「コケを学ぶ」というよりも、むしろ「コケから学ぶ」という姿勢が重要なのではないかと思っているんです。コケは小さくて、見てもよくわからないから、ともすればすぐに素通りされちゃうんだけども、それはやっぱり人間の視点から見ているだけなんです。コケから何かを学ぼうと思ったら、まずはひざまずいて、カオを近づけて、じっくりつきあっていかなければいけない。そういう姿勢で接してはじめて、コケは実にいろんなことを教えてくれるんです。でも、フツーに暮らしていたら、そういうことはなかなかわからないし、体験もできない。でも、こちらの心づもりひとつで、小さな自然でもこんなにもいろいろなことを教えてくれるんだっていうことを、うまく、わかりやすく、ゲストに伝えていく。それができるのはガイドや専門家だけですよね。これはものすごく大事な仕事なのではないかと思ってるんです。
 いまの時代、自然体験にはやはりある程度の<手引き>が必要なんだと思うわけです。コケが私たちに何を教えてくれるのか、その導入というのか。もちろん自分で考えるということが大事なことであるのはいうまでもありませんが、やっぱり何も知らない人に向かって、コケから何かを学べっていきなりいわれても「ハア?」ってなっちゃいますよ。だからしっかりとしたガイド、そして奥入瀬のコケの魅力をきちんと解説したガイドブックの存在意義があるわけです。「奥入瀬に来たらコケも見てみましょう」という程度の文句を観光パンフレットの隅の方にちょこちょこと申し訳程度、添え文程度に書いておくという姿勢じゃなく、もっと真正面から<これが奥入瀬の特徴なんだ><だからここをもっとちゃんと観てほしい>という説明のあるのとないのでは、ゲストの反応、受け止め方だってきっと違ってくると思うんです。
 一般に、コケなんてつまらない生きものだと思われていることが多いのかもしれないけど、実は大変に魅力的な植物なんだということ、こういう存在があるんだっていうことを、我々はうまく表現して、わかりやすく伝えていかなくちゃいけないと思いますね。

【A氏】そういう活動が、私たちの望む<静かな観光の隆盛>につながっていくのだと思います。こんな小さな生きものの世界に、いったいどんな秘密があるのか。聴く人がまさに心動かされるように、ときめくように語るのが、たぶんガイドの本領発揮なんじゃないかと思います。先ほどのお話でもありましたが、その語り口が、本当に自分が心から感動して「これはすごいものなんだ」っていう気持が込められていれば込められているぶんだけ、ゲストにも伝わるんだろうと思います。誰と観るのか、ということも大事だし、ガイドが何をどういう気持ちで語るのか、ということも大事ですね。ガイドブックにしても、やっぱりそういう志を持った人が作るべきであるし、作ったら作りっぱなしではなくて、それがどういう波及効果を及ぼすのかっていうところまで考えていかなきゃいけないと思います。

【B氏】自分たちがまず感動することがいちばん大事——本当にそう思います。コケってこういうものなんだよっていうのを、もっともっと自分たちが「コケから学ばなければならない」んだなって思います。自分が「知る」ということに覚えた感動が、お客さまにも伝わるんだなって思います。あえてコケに代表される小さな自然を紹介しても、ゲストの側に「ああ、やっぱり奥入瀬っていいところだな」という感想を持ってもらえる、そうした受け止めかたをして頂けるような、そういう案内をしたいと思います。そのためには、勉強会もそうですし、奥入瀬のどこに何がどういう状態であるのかをもっとガイド自身が現地で知っていく必要があるのだと思います。

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【C氏】私たち日本人は、昔から感性豊かな民族だったと思います。花の名前の付け方ひとつにしてもそうですよね。雨にも、実にいろんな呼び方がありますよね。風にも、ヤマセ、ノアケ、コガラシだとか。いろんな地方特有のものも含めたら、ゆうに二千以上もの呼び名があるんだそうです。きっとコケにだって、実はいろんな呼び名があるんじゃないでしょうか。これまであんまり注意を払っていなかっただけで、きっと日本人特有の感性豊かなつきあい方があるんじゃないかと。そういうことも知っていきたいですね。

【A氏】海外の自然豊かな宿泊施設に泊まりますと、ホテルの従業員がごく自然な感じでその地域のいろんな自然の話をしてくれるという経験を何度かしました。別にガイドとかそういう人ではなく、フロントの人であるとか、レストランのウェイトレスさんとか、そういう人たちなんです。「今どこそこ行ったら、こういう花が咲いてるよ」とか「こういうのが面白いから観てごらんよ」っていう感じで、気軽に案内をしてくれるんですね。
 するとやっぱりお客さんがそこに出かけていくわけです。そこで興味を持って、もっとそれを深く知りたい──っていうことになっていく。奥入瀬の宿泊施設でもかくあれば嬉しいですよね。A級の自然観光資源を持っているホテルなのですから、そういう従業員研修システムは将来的にも絶対必要になってくるのではないかと思うのですが。

【E氏】自分が何かを語ることで、お客さまに喜んで頂く。するとその人はそこで自信を持つことになり、さらに創意工夫が始まる——これがいちばんですね。お客さまに我われが育てられていく、ということです。だからこそ、我われがそういうお客さまを招く、招けるようにならなくてはならない。団体ツアーでパッと来て、パッと帰っていく人ばかりじゃなくて、奥入瀬をじっくり見てくれる——もちろんコケもそのひとつの要素なんですけど——そういうお客さまがいっぱい来てくださることによって、我われ自身も育っていく機会を得られると思っています。

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