若きブナ林が生まれるまでの物語 若きブナ林が生まれるまでの物語 ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

若きブナ林が生まれるまでの物語

端正なイメージのブナ二次林

八甲田山麓の森の特徴のひとつに、美しいブナの二次林があげられます。
二次林というのは、もとからあった森が伐られた後、二次的に成立した林のことをいいます。

北八甲田北麓の深沢温泉付近から、西麓の城ヶ倉温泉付近にかけてや南麓の谷地温泉付近などには、特にこうした若いブナの林が広がっています。
また、奥入瀬の下流域である黄瀬~惣辺付近の国道沿い山手側も、若いブナの二次林となっています。

二次林のブナは、どの木も一様にひょろりとした印象です。たいへん見目麗しい、若ブナたちです。
背格好がほとんど均一なので、それらがずらりと居並ぶ光景には一種独特の華麗さがあります。

車窓から容易に眺めることのできる美林であることからも、このスマートな木々の群れこそがブナ林のスタンダードな姿であると、そんなふうに思っている人も少なくないようです。 しかし、これはかつての人の営みが強く関与した、ある意味では非常に特殊な森の姿なのです。。

容易でない自然更新

一般に、ブナは「更新」の容易でない樹種として知られます。
更新というのは、世代交代のことです。
ゆえに伐採の対象となった林では、「母樹(ぼじゅ)」と呼ばれる種子の供給源となる大木を伐らずに保存し、そのまわりのブナだけを伐採するという方法がとられました。 母樹の落とした種子から、新たな若いブナが自然に育っていくことに期待したのです。

しかしこの方法には問題がありました。思わぬ伏兵がいたのです。
伐採によって林床が一気に明るくなると、ここぞとばかりにササが繁茂し、森の底を覆ってしまいます。
すると光が不足して実生が育たず、すべて死んでしまうという事態となったのです。

ならば人為的にササを刈り取ればよい、ということになりました。
ところがここにも問題がありました。ブナの実は6年から7年に1度の割合でしか豊作を迎えません。
ササを刈り払うタイミングを、大量の種子が生じる「なり年」に合わせなければ効果は得られないのです。
いちど伐ったブナ林を人為的に更新させるのには、このようにかなりの手間と配慮が必要でした。

もとより自然界においても、ブナ林の世代交代には、気の遠くなるような時間を必要としています。
森林生態学では、ブナとは「希少なチャンスを生かして更新する樹種」であると教えています。
芽生えた稚樹が成木になるまでには、大木が倒れ、森の内部に光に満ちた空間が生じるのを待つか、あるいは実生の生長を阻害するササが、何十年かに一度の割合で一斉に枯れるのを気長に待ち、しかもそこに種子の豊作年が当たることを待つという、ほとんど奇跡的ともいえる幸運に頼らねばならないからです。

放牧牛馬によるササの食圧

それでは八甲田山麓に広がる、この端整な顔立ちのブナ若齢林は、いったいどのようなプロセスを経て成立したものなのでしょう。

実は、この二次林の前身は、もともとブナの更新を目的として伐られたものではありませんでした。
大正時代の末期から昭和の初期にかけ、牛馬の放牧のために伐られた森のなごりなのです。

かつて十和田周辺は、牛馬の産地として知られた土地でした。
戦前には平地の牧場で育てられていましたが、日露戦争および第一次大戦によって軍馬の需要が増えると、それ専用の育成農場となってしまいます。
行き場のなくなった農耕用の牛馬は、国有林より借り受けた八甲田山麓で放牧されるようになったのです。
林間放牧もありましたが、かなりの面積のブナ林が、その時に伐採されたといいます。

旺盛に繁っていくササは、そのまま牛馬の糧として食されていきます。
わずかな被食圧ではすぐに回復してしまうササも、何年もの連続した放牧が続くうち、ほとんど姿を消してしまいました。
やがて日陰木(ひいんぼく)という、牛馬に日陰を供給するため残された大木が母樹となってブナの種が蒔かれます。
ササによる遮光の妨害を受けないブナの稚樹は、一斉にすくすくと育ちました。
さらに薪炭林(炭焼き用の林)として、適度に人の手が加わったこともあり、次第に現在見られるような美しい林が形成されていったのです。

森と人の歴史に思い馳せる

森歩きというと、自然界のストーリーにばかり目がいきがちです。
しかし森の背後にある歴史には、私たち人間の関与したる物語が秘められていることも決して少なくはありません。
特に二次林はそうです。そうした観点で森を見ていくと、また違った印象を与えてくれます。

自然度の高いブナの森に入ると、そこは混沌とした世界です。
少なくとも整然とした二次林ばかりを見慣れた目には、そんなふうにも映ります。
稚樹から老木、そして倒木に至るまでの幅広い年齢相の樹木が揃い、低木から亜高木そして高木と、森が「複層」を形成し、そこにさまざまな生物の見られることこそが本来の森の姿です。

かたや一見したところ、姿かたちが一律で、整然とした印象のある若齢林。
しかしよく見ると、ところどころにちゃんとかつての日陰木であった母樹の姿があり、またそれらが寿命を迎えて倒れている姿も見られます。

いろいろなかたちのブナの森を歩いてみること、そこにある歴史にも思い馳せてみること。
それはネイチャーランブリングを、よりいっそう味わい深い楽しみにしてくれることでしょう。

八甲田山麓と同じような、まとまったブナの二次林は、他に岩手県の安比高原や、「美人林」と呼ばれる新潟県の松之山などが有名です。
いずれもすらりとした立ち姿が特徴の、若く美しい林です。

ナチュラリスト講座

奥入瀬の自然の「しくみ」と「なりたち」を,さまざまなエピソードで解説する『ナチュラリスト講座』

記事一覧

エコツーリズム講座

奥入瀬を「天然の野外博物館」と見る,新しい観光スタイルについて考える『エコツーリズム講座』

記事一覧

リスクマネジメント講座

奥入瀬散策において想定される,さまざまな危険についての対処法を学ぶ『リスクマネジメント講座』

記事一覧

New Columns過去のコラム