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森を繁栄させる菌根ネットワークというシステム

きのこの咲く森、咲かない森

奥入瀬は特別保護地区なのですが、秋ともなるとあちこちで結構な数の「きのこ採り」の人を目にします。ほとほと困った事態です。古くからの「慣例」ゆえに、お目こぼしされているんだそうです。遊歩道から見えないところで、という配慮すらなく、大きな籠を背負い、渓流沿いを縦横無尽。やりたい放題です。まことにユユシキことであります。なんでも名人クラスともなれば、いつ、どこに、どんなきのこが出ているかがわかるのだそう。こういう人たちは、きのこが少ないとわかっている森には、わざわざ出かけたりしません。森には、きのこの生える森と、ほとんど生えない森があるのです。つまり奥入瀬は、それだけきのこの豊かな森なのだということです。

奥入瀬はたくさんのきのこが群れ咲く舞台です

きのこというのは、たとえていえば、菌類の咲かせる花のようなもの。花はタネを撒(ま)きますが、きのこは胞子を撒くのです。きのこの「咲く」森と「咲かない」森には、いったいどういう違いがあるのでしょう。きのこに詳しい方や、きのこ採りの経験者ならば、すぐに「樹の種類の違いだ」と答えることでしょう。たとえば、カラマツにはラクヨウ、ミズナラにはマイタケ、アカマツにはマツタケというように。ブナの森にも、きのこは豊富です。夏から秋のブナの森をぐるりと歩けば、実にいろいろな種類のきのこが、にょきにょきと顔を出しているのがわかります。かたやスギやヒノキの林では、ほとんどきのこを見かけることはありません。スギに特有の種類もありますが、質量共に、やはりブナの森にはかないません。

菌類のタイプ

きのこ=菌類には、それぞれ個別の「生き方」があります。これは、いいかえれば「栄養の摂り方」といってもよいでしょう。きのこの「生き方」(=栄養分摂取方法)は大きく3つに分けられます。フセイ・キセイ・キョウセイの3パターンです。

  • 腐生菌
  • 寄生菌
  • 共生菌

生物の遺体を分解しているのは「腐生菌」です。落葉や枯れ木、動物の排泄物や遺骸などを分解しながら生活している種類です。シイタケやエノキなどがこれにあたります。いわば、自然界の掃除人ですね。きのこは分解者・還元者として紹介される場合が多いのですが、それはこの腐生菌を対象とした案内なのです。

生きた動植物から栄養を奪っているものを「寄生菌」といいます。寄生、ですから、被寄生者は、いずれ死に至ります。いわゆる「冬虫夏草」も、この一種ということになりますね。ただしこのタイプのきのこを目にする機会は、他のタイプのきのこに較べると、そうそうありません。

樹木の根と共生して、栄養を「やり取り」をして暮らす。それが「共生菌」です。共生菌には菌根菌と根粒菌が知られますが、うち「菌根菌」(きんこんきん)は、樹と<養分のやり取り>をしています。樹木が光合成で得た栄養分をもらうかわりに、菌根菌は菌糸を通じて地中の水分・養分を樹木に吸収させるという役割を果たしているのです。樹木自身が、自分の根を広範囲に広げ、またそこからさらに細かくひげ状の根を張りめぐらせて水分や栄養分を土壌から直接摂取するよりも、その仕事を樹の根っこの部分にくっついている菌類に肩代わりさせる方がずっと効率的だからです。仕事をおろしている、といってもよいでしょうか。樹木にも、菌類にも、互いに利益のある共生方法で、相利共生(そうりきょうせい)と呼ばれるタイプです。生きた樹と共に暮らしている菌類です。

「菌根菌」によって森は繁栄する

私たちがふだん奥入瀬の散策で目にする多くのきのこが、腐生菌と共生菌=菌根菌です。樹木の実に8割から9割の種類が、根に、この菌根菌を持っているといわれています。どの菌が、どの樹と共生して菌根をつくるのか。それはある程度決まっている、とされています。菌の種類と、樹の種類の組み合わせには、それぞれ相性があるということでしょうか。

そして菌根菌は、大きく簡単に整理すると「外生菌根」と「内生菌根」に分けられます。「外生菌根」は菌糸が植物の根を、マントのように包み込んでいるタイプ。「内生菌根」は菌糸が植物の根の細胞の中に入り込んでいるタイプです。内生菌根の誕生は古く、菌の種類も少なく、またこの菌類は大きなきのこをつくりません。外生菌根の森は、「きのこ王国」ともいえるくらい豊富な菌類がひしめいています。

多くの樹が菌根菌と共生している理由は、菌根を持つことで、樹の生長が飛躍的に向上するからです。地面の下に広がっている菌糸は、酵素を分泌します。それによって土の中の物質を分解し、リンや窒素といった物質を取り込んでは、それを生長のためそれらを必要としている樹の根へと運び込みます。こうした仕事をしてくれる菌根菌を養うことで、樹木は効率よく地中の栄養や水分を得られるようになるからです。その対価として、樹木は光合成をして得られた炭水化物(糖分)を菌へと与え、互いに利益を共有しています。

太古の昔、植物がいざ海中から陸上への進出を果たそうとした時、乾燥や寒冷という、植物にとっての大きな難題や障害を、「菌との共生」という画期的な方法を採用することによって乗り切ってきたのです。

世界のはじめ、森はすべて内生菌根の樹木の集まりでした。やがて外生菌根という、新しいタイプの菌根を持った樹木が誕生しました。マツ、ブナ、カバなどの仲間です。内生菌根では根はむき出しのままですが、外生菌根では根の全体が菌糸で覆われています。これはいわばマントです。そのため耐寒性が向上しました。物理的にも、より頑丈になりました。さらに地中の病原菌が根に入り込むことを防ぐという、防御作用も兼ねていたのです。

マツやブナ科の樹木の今日の繁栄は、この外生菌根を得たことの結果ともいえるのでしょう。対するスギは、内生菌根の樹木。きのことは、ほとんど無縁の森です。ブナとスギは、落葉広葉樹と常緑針葉樹という違いだけでなく、その林床下(地中)に生きる菌類の構成がまったく異なっている森ゆえに、その「きのこ相」にも大きな違いが現れるというわけです。

菌根菌のネットワーク

いろいろな種類の菌類が外生菌根菌となりますが、一般にもよく知られているのがマツタケやテングタケ、そしてベニタケといった仲間です。ブナの森には、特にベニタケ属が多く優先するため、深いつながりがあるとされています。

菌根を持った樹木は、その菌糸によって地中で互いにつながりあうようになります。これは「菌根ネットワーク」と呼ばれています。森全体が無数の菌糸で結ばれた、巨大な社会のようなものです。樹木は、たとえそれが実生でも、ちゃんと菌根を持っています。菌根を持った時点で、どんなに小さな稚樹でも、ちゃんと森のネットワークの一員として組み込まれるわけです。

林冠でさかんに光合成を行う樹木。そこから炭水化物を分けてもらった菌根は、地中に張り巡らせている「菌糸ネット」を使って、地中の養分を効率よく吸収し、それを樹木に供給しています。しかし実はそれだけではないのでした。菌糸は地下で他の樹ともつながっているわけですから、その菌糸を利用して、なんと樹木同士が互いに栄養のやり取りを行ってもいたというのです。

それはブナならばブナ同士というように、親和性の高い種間で旺盛である、といわれます。もしかしたら、樹と樹はこれをもって、ある種の「伝達事項」もなど共有しているかも知れません。たとえば、その年の果実の豊凶のような同調性の秘密は、ここにあるのかも?

大樹は菌糸を通じ稚樹を養っている

ブナの大きな樹と、ブナの幼樹とは、地下の菌糸ネットでつながっているわけです。さらに驚くべきことに、ブナの大樹はこの菌糸ネットを用いて、稚樹や幼樹を養ってもいるというのですから、ぶったまげてしまいます。オトナからコドモへと、菌糸ネット経由で、養分の受け渡しが行われている、というのです。

稚樹の生きる暗い林床は、あまり光に恵まれていません。自分の力(光合成能力と根本からの栄養補給)だけでは、なかなか生き残ることができません、しかし菌根菌を根にまとうことで、地中からの栄養素の供給を飛躍的に向上させることができるわけです。

とはいえ、菌根菌の方も、その仕事に対する賃金をちゃんともらわないとやっていけません。されども、コドモの木(稚樹)が稼げる(=光合成によって得られる)養分など、いたってわずかなものです。森の底は、ただでさえ日光量が少ないのですから。それに、それをすべて菌根菌に「支払って」しまったら、自分の生長のために回せる分が目減りしてしまいます。

そこで保護者の出番となります。支払い能力がまだ十分ではないコドモのために、その近くに生えている大きな樹が、稚樹が払わなければならない分の対価を、菌糸ネットを通じて「肩代わり」してあげるわけです。

コドモ(稚樹)の方は、菌根からの援助プラス、自力で得られた糧も菌に差し出すことなく、すべて自分のものとして使うことができるのですから、生きていくための負担が大幅に軽減されることになります。こんなにいいことはありません。さらには、菌根の分泌する物質が、地中の病原菌の繁殖を抑制し、その作用によっても稚樹が護られているといわれます。

黄葉したブナの稚樹。後方に見える親樹からの栄養を得て育っているのかも

「陰樹」と呼ばれ、大きくなるまでに長い年月が必要とされるブナですが、森という名の巨大な有機体に助けられながら生きているのですね。森というものの底の深さに、なんだか圧倒される思いです。菌類は、その大事なキーパーソンなのです。

紅い小さなベニタケの上に、落花したブナの殻斗(かくと)がひとつ、うまい具合にちょこんと乗っかっていました。それまでならば、なんだかちょっとメルヘンチックな眺めだな、くらいにしか見えなかったと思うのですが、ベニタケというきのこがブナと共に生きる外生菌根菌であることを知ったいま、この殻斗(=種子のカバー)から零れ落ちたタネから育った稚樹は、まさにブナとベニタケの相互関係において養われていくのだなと思い、すると、この小さな光景も、何か巨大なものの符号のような気もしてきて、思わず見入ってしまうのでありました。

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