フィールドミュージアム構想実現のために(2の2) フィールドミュージアム構想実現のために(2の2) エコツーリスム講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

奥入瀬の魅力と価値を整理した書籍の制作


奥入瀬には、この地域の自然環境とその利用について総合的に整理したスタンダードなテキストが存在しませんでした。地域住民、ガイドを含めた観光関係者が奥入瀬の自然を学び、知見を共有するための基礎資料の欠如は、当地におけるエコツーリズムの推進をはばむ憂慮すべき状況でした。公園利用者に個別の自然情報を提供していくこと以上に、まず奥入瀬がどういう場所なのか、どういう魅力と価値を有したエリアなのか、どのように楽しむべき場所なのかについて、明確に伝えていく指針がなかったのです。

そこでNPO法人奥入瀬自然観光資源研究会では、奥入瀬の自然の魅力と価値について総合的に解説したエコツーリズムガイドブック『奥入瀬自然誌博物館』を2016年に刊行し、かかる課題に対応しました。そして2017年には自然観光資源調査の結果を、遊歩道のどこにどのような自然の見どころがあるのかを地図上に記した冊子版ポイントマップとしてまとめた『奥入瀬渓流フィールドミュージアムハンドブック』を刊行したことは前回述べた通りです。

『奥入瀬自然誌博物館』(2016年)
<奥入瀬の自然の特徴と、それを構成するカテゴリー別の特徴を解説しています>

ハンドブック・シリーズの制作は「データのツール化」


さらに、調査(リサーチ)によって得られた知見や情報(データ)は、整理・解析された上で、ビジターが利用しやすい適切な形にツール化することで、公園利用者に広く還元されなくてはなりません。トレイル上には解説ボードが設置されていますが、既存の解説ボードや標識は必要最低限のものであり、これ以上の増設は景観保護の観点から鑑みても難しいでしょう。環境への負荷をなるべくかけず、この目的を達成する努力をはかるべきではないかと考えます。奥入瀬は保護区であるがゆえに、ビジターに対し「情報を伝える手段」が限られた環境でもあるのです。

奥入瀬はフィールドミュージアムにふさわしい「宝の森」であっても、すべての公園利用者が個人でその価値を見い出し、楽しめる人ばかりではありません。エコツアーガイドは、そのガイディング(インタープリテーション)活動を通して、ネイチャートレイルにちりばめられた「宝物」の価値を案内していくべき存在となるべきですが、すべての公園利用者がエコツアーへの参加を希望するわけではありません。「自然を学ぶ」ということに関心を持ったビジターが、全てエコツアーに参加するとは限らないのです。個人的に楽しみたい・学びたいという層もあります。

セルフディング・システムの整備は、エコツアーへの参加を希望しない自然志向層をサポートすると共に、エコツーリズム推進地としての奥入瀬のイメージ醸成をはかる上でも効果的なツールとなります。こうした目的のもと、エコツーリズム型ビジターにとっての有益な情報をコンパクトにまとめた、小型・軽量で持ち運びしやすいフィールド仕様の冊子型ガイドブック(ハンドブック)の刊行を継続しています。奥入瀬を訪れたビジターが実際に「野外博物館」へと持ち出し、その「展示物」をテーマごとに実見するための手引きとなるハンドブックです。

セルフガイドブックシリーズの充実化をはかる

「奥入瀬フィールドミュージアムハンドブック」シリーズの第1弾は、ネイチャーガイドの視点から奥入瀬の見どころを100カ所に選定した『奥入瀬自然百景』(2018)でした。道すがらの観察ポイントを紹介していくことで、ビジターは遊歩道を散策しながら、あたかも博物館内の展示物を見るような感覚で、奥入瀬の自然について学ぶことができます。

『奥入瀬自然百景ハンドブック』(2018年)

各分野別のハンディ図鑑として「樹木」(2018年)「野草」(2019-2020年)を制作しました。以降のラインナップとして「シダ」「きのこ」「地衣類」「野鳥と動物」(野鳥+哺乳類+両生類+爬虫類+魚類+昆虫類)「地史・地質」などのラインナップを構想しています。ハンドブック・シリーズは、特に花が好きであるとか、鳥を観てみたいとか、地質や地史について知りたいといったビジター個別の関心に対応できるものとして、野外博物館の展示物の「テーマ別カタログ」のような役割を果たすものとして位置づけています。シリーズ化させることによって、奥入瀬の「自然遊歩道」が、実は多様な自然を学ぶことのできる「フィールドミュージアム」なのだということを、より具体的なかたちでアピールすることにつながっていくわけです。

『奥入瀬渓流樹木ハンドブック』(2018年)
『奥入瀬渓流野草ハンドブック春~初夏篇』(2019年)

シリーズ化による公園利用者の意識変革への期待

美しい自然を「ただ眺めに来てください」という従来通りの観光プロモーションでは、奥入瀬の真の魅力と価値を十分にアピールすることはかなわず、従来の観光スタイルからの脱却をはかることはできません。「宝の持ち腐れ」とならないようにするためには、公園利用者に対し、受け入れ側が「何をどう見てほしいと希望しているのか」を具体的に示す必要があります。テーマ性に特化した出版物によって、奥入瀬のイメージ変革を誘導していくのです。シリーズ化による公園利用者の意識変革への効果も期待しています。

一方、ハンドブック・シリーズには、奥入瀬を訪れた人が、旅の「記念品」としての購入を希望してもらえるような、「商品」としてのクオリティも求められています。各地のビジターセンターに置かれている公園利用者用散策マップや自然情報冊子は、その多くがA4もしくはA3サイズの三ツ折タイプです。無料配布が基本であるために、全体のつくりがチープなものがほとんどです。無料パンフレットは手にとりやすく、ビジターの手に渡りやすいというメリットがありますが、それだけに気軽に廃棄されやすいデメリットもあります。貴重な紙資源を使用して製作する出版物なのですから、できるだけ長く手許に保存してもらえるような質と内容にするべきではないでしょうか。制作する側には、そのための努力を継続していく必要があると思います。

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