フィールドミュージアムとしての奥入瀬―そのあるべき姿(1) フィールドミュージアムとしての奥入瀬―そのあるべき姿(1) エコツーリスム講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

奥入瀬渓流沿いには国道が延びています。車窓から森と渓流の美しい景観を楽しめることから、行楽シーズンになると多くの観光客が自家用車で訪れるようになります。この国道は幹線道路であることからも、地域住民の通過車両とあいまって、しばしば渋滞が引き起こされます。

奥入瀬は、厳格な環境保全が求められる「特別保護地区」に指定されている範囲がほとんどですが、その核心部を幹線国道が通過するという、きわめて特異なケースとなっています。日本全国にあまたある国立公園のうち、このような事例は他にありません。そのため、排気ガスによる自然への影響が長年、問題視されてきました。

また、遊歩道は何カ所か道路を横断、また車道の路側ギリギリを通過せねばならない区間もあり、歩行者の安全性が疑問視されているところもあります。さらに、谷底の環境であることから崩落などの土砂災害、そして倒木や雪崩による交通障害が頻発しています。よって代替道路としてのバイパスの必要性が、かねてより検討されてきました。

このような状況をうけ、青森県では奥入瀬渓谷の焼山~子ノ口間についてのバイパス整備を段階的に進めてきました。1997年には、第1期工区の「奥入瀬バイパス」(惣部~青橅山間)が開通、2019年現在では、第2期工区となる「青橅山バイパス」(青橅山―子ノ口間)のトンネル開削工事が進められています。

青橅山バイパスが完通すると、自然環境保全と安全な道路空間の確保を目的に、渓流区間道路への自家用車の乗り入れが規制されることになっています。奥入瀬に車のない、静穏な環境が出現することになるのです。

その環境を、今後どのように活用していくべきか。「地域の特色」を生かした利用の仕方を検討していかなくてはなりません。ここで忘れてならないのは、奥入瀬は「観光地」である前に「保護区」なのだという確固たる認識です。自然保護区としての奥入瀬を、どのように活性化させていくべきなのか。その有力な答えのひとつが、エコツーリズムに基づく奥入瀬フィールドミュージアム構想なのです。奥入瀬渓流を、ひとつの有機的な野外博物館としてとらえる、という発想です。

エコツーリズム・スタイルが優先されること

奥入瀬における観光スタイルを「エコツーリズム型」へと舵を切っても、既存の観光イメージまでがにわかに一新されるわけではないでしょう。そのため、いわゆる「物見遊山」的な通過型観光客の訪れは、車両規制以後も継続されることが予想されます。

一方で、車両の規制による車道空間の開放によって、純粋に森歩きを楽しみたいハイカーや、長距離ウォーキングを志向する人、そしてスポーツ・サイクリストの増加なども予想されます。車のない奥入瀬は、スポーティに奥入瀬を楽しみたい人たちにとっても歓迎すべきものでしょう。

<苔むした遊歩道の小橋の欄干でコケ観賞を楽しむコケガールたち>

もちろん、ゆっくりと静かな自然観察を愛好する層の増加にも期待できます。しかし奥入瀬の自然遊歩道は、環境保全優先のため道幅がせまく、すれ違える場所や、待避スペースもそう多くはありません。「歩く」こと、それだけを目的としたビジターと、その場その場で立ち止まり、時間をかけて自然と向きあうタイプのビジターとでは、おのずとフィールドの利用形態が大きく異なってきます。現在のところでは、後者は前者に比較すると圧倒的マイノリティです。そのため、一般歩行者の通行を妨げる存在として、しばしば批判を受けることがなきにしもあらずなのです。

特に、コケ植物に代表される「小さな自然」の観賞は、ルーペやカメラを用いて、その場に静かにうずくまって観察を行うスタイルが通常ですので、自然と親しむ行動を「歩く」こととしか認識していないアクティビティ層の方がたにとっては、なかなか理解されにくい行動なのです。また、急ぎ足で移動することを常とする観光客からは、こうした公園利用者の行動は、歩行の障害と見なされてしまうこともあります。

もっとも、この程度のことは、公園の利用者同士の良識と、ゆずりあいの精神で解決できる範疇(はんちゅう)のものと理解したいところなのですが、実際には、すこぶる残念なことに、現在においても「歩道にかがみこまれて通行の妨げになっている」との声が聴こえてくることが、少ないながらもないわけではありません。こうなってしまうと、マイノリティである自然愛好者たちの方が、おのずと過分に遠慮しがちとなってしまいます。

奥入瀬は「ただの景観観光地」ではなく、その地域の自然を学ぶ「天然の野外博物館」なのだ、という位置づけが、将来的に少しずつにでも確定されれば、道すがらの個々の自然をじっくり観賞するスタイルの方が問題視されるというのは、むしろ本末転倒なことになるでしょう。奥入瀬はあくまでも「自然を観賞する場」なのであり、その利用形態としては、スポーティなスタイルよりも、むしろエコツーリズム・スタイルの方が優先されるべきエリアとして位置づけられるようになるのではないでしょうか。

車道がトレイル化すること

奥入瀬の他に類を見ない大きな特徴は、冒頭でも述べたように、国立公園の特別保護地区の核心部を、幹線国道が通過しているという点です。この特異な状況は、排気ガスや交通渋滞、歩行者の安全性、アクセスの容易さによるオーバーユースなどのさまざまな問題の原因となっている一方、車道の存在そのものは特異な利点ともなっています。

そのひとつは、一般車両の通行が規制されることにより、現存する車道をそのままトレイル(遊歩道)としても利活用することが可能となる点です。

奥入瀬における車道は、遊歩道よりも高い位置にある箇所も多く、そのような場所では、景観の見え方が遊歩道とは大きく変ってきます。渓谷内の移動手段として、環境負荷の少ないとされる電気バスなどを採用(次回詳述)、その路線として活用する一方で、バスの通行ラインの両側に歩行者ラインを設けることで、往路と復路で遊歩道と舗装路をそれぞれ分け歩くことが可能となります。利用者は奥入瀬の景観を、より立体的に観賞できるようになるでしょう。

そしてスポーツその他を主目的とするビジターには、なるべく道幅の広い車道トレイルを利用してもらうことで、自然観賞型ビジターとの共存も期待できるようになります。

さらに、車道が遊歩道と渓流と併走していることにより、ビジターは原生的自然の中に身を置きながらも、非常時のエスケープが容易であるという安心感を得ることができます。緊急時の救助・搬出にも、車道の存在は有益なものとなるでしょう。

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