フィールドミュージアムとしての奥入瀬―そのあるべき姿(3) フィールドミュージアムとしての奥入瀬―そのあるべき姿(3) エコツーリスム講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

効果的かつ快適なエコツーリズムのための環境整備がなされること(その2)

【歩道橋のコケ管理問題】

奥入瀬遊歩道には何カ所か木道の橋があります。長いものもあれば、短いものもありますが、木製のため、年月が経つと腐食が進み、安全管理上の問題から新しいものに付け替えられます。歩行者の安全確保のために、人為的な構造物の安全性がチェックされ、必要に応じてメンテナンスされていること自体はよいのですが、惜しむらくは、そこに「景観」を維持するという観点が、すっぽりと抜け落ちています。

<すっかり苔むし森林景観に溶け込んだ木道の小橋>

渓谷の底に延びる奥入瀬は、その地形と植生環境、およびヤマセや降雪などの気象条件から空中湿度が高く、コケ植物やシダ植物、地衣類、菌類などの豊かな環境となっています。そのため、橋や階段などの人工構造物も、数年のうちには緑のコケ植物に覆われはじめ、やがてはすっかり覆い尽くされてしまいます。それが周囲の森林環境に溶け込み、人工構造物でありながら、あまり違和感のない存在として機能するという利点があるのです。それが新調されると、緑の森の中に、まっさらの、新しい木道が登場するわけですが、これが完全に周囲の環境から浮いています。実に違和感があります。さあ新しい橋を架けました、という、いかにもこれみよがしな存在となってしまうのです。

<苔むしていた状態の木道>
<新調され、景観から浮き上がってしまった木道>

ところが、むしろそれをよしとする風潮が、施工者側にも管理者側にも、また地域住民や一部ビジターの中に歴然としてあるような気がします。「立派な橋が新調されて何が悪い」という感じです。しかし奥入瀬は自然公園なのです。人工構造物がことさら目立つような事態は、特別保護区かつ天然保護区域に指定された場は、まったくそぐわないものです。こうした違和感を違和感としてとらえられないということ自体が、大きな問題なのです。公園管理者の姿勢も問われます。景観への配慮に対し、日本がことごとくずさんである点は、巷間でもよく耳にすることですが、十和田湖などは湖畔の景観維持がちゃんと留意されています。やたらに目立った建造物などを、勝手に建設することはできない法律となっています。

奥入瀬においてもこれもまったく同じことであるのですが、なぜかこの点が、これまでまったく配慮されてきませんでした。歩行者の安全性より自然を優先するのか、といった問題ではありません。景観に配慮したビジターの安全管理という課題は、自然公園において当然のことです。この問題が、これまで地域の観光関係者や自然保護関係者からいっさい言及がないというのも不思議なことです。

<遊歩道沿いの柵。周囲から浮き上がり違和感がある>

景観への問題のみならず、そこに着生した植物や菌類も、奥入瀬の重要な生態系を構成する生物群のひとつです。人工建造物に着生した自然は自然物ではないというような見方・考え方は偏狭です。長い歳月をかけて着生し、繁茂してきた生物群に対する配慮をまったく欠いた公園建造物の管理方針には問題があります。これは遊歩道沿いのベンチやテーブルに対しても同じことがいえるでしょう。

【トイレの不足】

<遊歩道沿いのトイレ。ログハウス風で景観に溶け込んでいるが臭気がひどい>

トイレの増設に関しては以前から指摘のあるところです。環境保全の観点より、渓流内にこれ以上のトイレの設置は好ましくない(=携帯トイレの使用を奨励)との意見もあるようですが、公園利用者全員が携帯トイレを持ち歩く、という状況はあまり現実的ではないでしょう。環境負荷に十分留意した上で、少なくともバイオトイレなどの増設を検討するべきでありましょう。

現在のところ、トイレが設置されているのは焼山・黄瀬・石ケ戸・玉簾・子ノ口の5カ所ですが、惣辺バイパス付近・馬門橋付近・雲井の滝前・雲井林道入口・銚子大滝の5カ所にも、トイレの設置が望まれるところです。また玉簾トイレに見られる臭気や衛生管理についても解決すべき課題です。

【石ケ戸休憩所の利用スタイルの改変】

<冬の石ケ戸休憩所。建物のデザインはシンプルで、こちらも景観によくマッチしている>

石ケ戸休憩所は、奥入瀬渓流の中間地点下流に位置し、現在のところ簡易レストハウスおよびミニビジターセンター機能を持った施設です。売店と軽食提供のほか、トイレと自動販売機も設置され、ビジターセンター内には立派なジオラマやバードカービング、解説パネルなども設置されています。しかし全体にがらんとした雰囲気が否めません。展示空間の活かし方に問題があるのではないでしょうか。空間デザインを専門とするデザイナーを起用し、現スペース内での効果的な展示配置を改めて検討してみることで、より魅力的な展示施設を創出できる可能性があります。

<石ケ戸休憩所ミニビジターセンターの内部>

またレストハウスにおいて立食用の軽食が提供されています。しかし飲食のための専用スペースがないために、屋外ベンチやビジターセンター内に持ち込んで食事をとっている人が目立ちます(地元のガイドもそうしています)。ですが麺類のお椀やソフトクリームを手に、周囲をうろうろする観光客の姿は、あまり見目のよいものではありません。国指定の自然公園の休憩場としての「品位」の問題です。展示施設内で食事をとらざるを得ないという状況は、明らかに本来求められる利用形態ではないでしょう。石ケ戸休憩所における飲食環境の再整備について、改めて議論する必要性があるのではないでしょうか。少なくとも現状については改善すべき点が多々あるものと思われます。海外の国立公園における事例なども参考にしたいところです。また、立食によって生じるゴミにハシブトガラスが餌付いてしまっているのも問題です。

入園制限の導入が将来的に検討されること

奥入瀬の自然環境の持続可能な観光利用のためには、将来的にビジターの入園制限を図らなければならないという意見があります。目新しいものではなく、以前よりそうした声はちらほらとあがっていました。しかしこの課題がこれまで真剣に検討された機会はありませんでした。それは車両規制の提案に対する反対意見と、その根幹を同じとするものです。規制をかけることで、観光客の数が減少してしまうのではないかという懸念です。

しかしこれまで述べてきたように、これからは通過型観光客の入れ込み客数を問題にするのではなく、目的を持った滞在型ビジターの増加に向けた努力をすべき時代を迎えています。大型バスで訪れ、ただトイレに立ち寄っていくだけの観光客数がいくら増加したところで、環境保全にも地域経済の活性化にも、ほとんど寄与することはないでしょう。

入園制限については、計画されている車両規制のほか、入園料の徴収が効果的でしょう。ビジターコントロール(誘致すべき客層を、適正な利用数において受け入れること)によって、環境保全と利活用の調和を図り、それをもって地域ブランドの価値を高めていくことが期待できます。入園料を払う意思を持たない人の減少を危惧するよりも、入園料を支払ってでも奥入瀬の自然を観賞したいと希望するビジターの増加に向けたプロモーションを実施すべきではないでしょうか。

入園料金の徴収は、現地の環境管理および整備のための自主財源確保にもつながります。アメリカの国立公園では、誘致すべき客層は一過性の訪問者なのではなく、自然公園の「支援者」であるという考え方を取り入れています。この発想から、国立公園の年間パスポート購入をビジターに向けて積極的に働きかけているのです。これには支援者すなわちリピーター育成の目的も含まれています。

自然公園における入園料制は、出入り口が限定され、私有地がなく、徴収コストを上回る利用が見込め、なお利用者が支払いを納得する条件を満たす場でないと徴収が難しいものです。奥入瀬は、まさにこの条件に十分適った地域です。青橅バイパス完成後のあるべき姿のひとつとして、積極的に検討すべき課題ではないでしょうか。

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