エコツーリズム推進地としての奥入瀬が誘致すべき層 エコツーリズム推進地としての奥入瀬が誘致すべき層 エコツーリスム講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

知性の要請される旅、静かなることを学ぶ旅

奥入瀬が従来の景観観光地からの脱却をはかり、エコツーリズムを推進していく上で積極的に誘致すべき客層とはいかなるタイプの人たちなのでしょうか。

それは一過性の「景観見流し」スタイルの旅行者ではありません。訪れた地域から何かを学びとる・感じとることに歓びを見い出す、知的好奇心旺盛な「学びの旅」志向の滞在型ビジターです。場所から場所へ慌しく移動していくだけの観光に満足感を覚える層ではありません。じっくりと地域の自然の魅力と価値を楽しめる人たちです。あるいは、森と渓流のほとりにおいて、静かな時間を享受したいと希望する人でしょう。「静かな時間」を過ごすことに、精神的な満足感や充実感を見い出せる人たちです。

奥入瀬の特色を最大限に生かした旅の在り方は「学びの旅」にあります。「学ぶ」べきことは、しかし生態学や歴史といったことには限りません。上質な自然を、勾配ゆるやかなトレイルでゆったりと楽しめ、アクセスも容易な奥入瀬は、あわただしい現代人が失いかけている「ものをじっくりと観て想う」テオリア(観想)的観光スタイルの復権にふさわしい場所ではないかと思うのです。

青橅バイパス完成後に出現が予想される奥入瀬の「静穏な環境」の中で、都市の喧騒に生きる旅行者が「静かなることを学ぶ」という旅のあり方もまた、これからの奥入瀬観光にもとめられる重要なテーマではないでしょうか。

知的好奇心層(「学びの旅」を志向する層)は慌しい移動を好みません。むしろ気に入った場所に滞在する傾向が強いと思われます。こうした層を誘致するには、自然を学ぶ・享受するということに対する関心は十分にあっても、登山などハードなアクティビティにはあまり積極的ではない人を想定対象としたプロモーションが必要となるでしょう。
誘致希望層のニーズを意識したイメージづくりと、それに即したPR戦略。望まれる客層の要望に応えられる観光地を、どのように演出できるか。それがいま奥入瀬に求められている課題ではないのかと思います。

かつて民俗学者の宮本常一が提唱した、知性ある旅のスタイルである「あるく・みる・きく」は、宮本の「旅にはもっと知性が要請されてもいい」という言葉に裏打ちされています(宮本常一『あるくみるきく』1975)。

また、英国人の著述家アイザック・ウォルトンが著した『釣魚大全』(1653)において付記引用されたことで知られる聖書の言葉『静かなることを学べ』(Study to be quiet)は、作家・開高健が巷間に広めたことによって、今では哲学的アングラーたちの座右の銘ともなっていますが、これらの言葉はいずれもエコツーリズムを主軸とした新しい奥入瀬観光の成熟のために、いまいちど再評価されるべき思想ではないでしょうか。

時間をかけ、じっくりと自然と対峙し、そこから何かを学ぼうとする旅の在り方は意義深いものです。駆け足旅行ではない、落ち着いた散策スタイルを通してのみ、人は自然からの「声」に初めて深く耳を傾けられるようになるからです。
自然界の多様性に開眼できるようになるのは、それからのことでしょう。地域の自然や歴史や文化を「知る」「学ぶ」ということは、その地への愛着につながります。それがビジターを再びその地へ向かわせるモチベーションとなります。そして、引いてはリピーターの創出につながっていくのです。

早足で、ただひたすら距離だけを歩いても、それは「運動」であって「観光」ではありません。その土地の「光」(すなわち特長)を「観る」(観察・観賞する)ということが、観光というものの本来の在り方であったはずなのです。

道すがらの細やかな自然の魅力、その詩情性や芸術性に気づくことの喜び、そして「大きな自然は小さな自然が集まって成立している」といった生態的あるいは文学的、審美的な発見の歓びといった「学びの時間」を享受するには、時間がかかります。それは静かな時間・豊かな時間の使い方を学ぶ、ということでもあります。

より短い時間で、より多くの景勝地をめぐることに価値をおいてきた従来の観光スタイルとは、これは真逆の在り方です。自然の中でのゆったりとした時間の使い方、自然との静かなつきあい方を学べる場、それが奥入瀬であるとするなら、そこに価値を見い出せる人びとこそが、奥入瀬が誘致すべき客層なのです。

博物館や美術館が求めている客層とは

エコツーリズムの推進をメインとした観光誘致とは、自然への興味関心が特に強く、その方面の知見にも長けた専門層をターゲットにする、ということでは決してありません。
野草や昆虫、野鳥マニアなど、選好性のきわめて高い専門層は、既に自身の価値観と情報網および特別な知見と手段を有しています。そのような人たちは、なにもわざわざ誘致など受けずとも、各地の原生的自然の中へ勝手にどんどん自主的に出かけていきます。通常のエコツアーに参加する可能性など、視察でもない限り、ほとんどないといえるでしょう。
そうではなく、休日に博物館や自然保護団体などが開催する一般向けの自然観察会や探鳥会などへ参加している層などがターゲットとなるはずです。

滞在型のエコツーリズム。そこに相応の対価を支払う意思のある層を呼び込むためには、奥入瀬を「景色の美しさだけをセールスポイントにした景観観光地」から「自然のしくみやなりたち、人と自然の歴史や民俗を学ぶことで、知的満足感を得られる観光地」へと意識的に進化・深化させる必要があります。

従来の旅行形態(景色の見流し・温泉・食・イベント・土産)で満足感を覚え、自然から何かを学んだり感じとったりすることにはほとんど関心のない層を呼び込むことに腐心して、通り一遍の誘客イベントなどをいくどとなく繰り返し企画しても、誘致する側の負荷が大きい割にはマンネリズム感ばかりが蓄積し、一時的な入れ込み数は増加しても、地域経済の活性化には結びつかないのではないでしょうか。

もちろん、これは一般旅行者層を無視する、といったことを意味しません。地域がどのような「しくみ」を構築すれば、「物見遊山」の層ではなく、「学びの旅」を志向する層を引き込むことが可能になるのだろうか、という検討課題です。
前項においてもふれていますが、ある「場」を構築し、そこに誘客を図る以上、その「場」にふさわしい客層というものが想定されなくてはなりません。そして「場」を構築する以上、その「場」に応じた適切なふるまい(行動)というものが、当然求められてしかるべきなのです。

例えば、博物館や美術館。観覧するのに1日以上かかるといわれる館内を、ひたすら駆け足で巡り、自慢気に「半日で見終えた」と満足するような入館者はどうでしょうか。博物館や美術館は、こういう客層を決して求めてはいません。そのような来館者が何百人何千人とやってきて、来館者数がどんどん上昇たとしても、そんなことには何の意味もありません。

求められているのは、いくどとなく訪れ、そのつど新たな発見をし、その施設への愛着をより深めていってくれるような来館者であるはずしょう。

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