新しいブランドの構築のための「迎える側の意思」 新しいブランドの構築のための「迎える側の意思」 エコツーリスム講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

自分たちの「迎え入れたい客層」が「どれだけ滞在したか」

明治時代から始まる景観観光地としての喧伝に端を発し、昭和初期の観光ブームにのって一躍有名観光地として世を風靡した奥入瀬は、既に日本の「景観観光地」としてのブランドを確かなものにしています。
隆盛を誇っていた時代に比較すると、その活気はかなり失われてしまったとはいわれるものの、焼山に陣を張る星野リゾート奥入瀬渓流ホテルなどは、他の宿泊施設の衰退を尻目に黒字経営を続けているようです。
十和田湖には人が来なくなったが、奥入瀬はあいかわらず賑わっている――地元にもこうした見方はあるようで、特に「夏から秋にかけては放っておいても多くの観光客が訪れるという現状があるのだから、これ以上の誘客は自然保護のためにも必要ない」とする意見も、一部少数ながら耳にすることがあります。
確かに、エコツーリズムの基本思想としては「自然環境の持続可能な利用」が第一でありますから、キャパオーバーについては常に注意を向けておくことが必要です。環境の保全と観光利用とのバランスを、いかに保持するか。これは重要な課題です。将来的には、入域者数の制限も視野に入れたビジョン設計の検討が必要となってくるでしょう。

ただ、ここで留意しておきたいのは、一般観光客の「入れ込み数」が、地域そのものの活性化に結びつくわけではない、ということです。この認識は必要です。きれいな景色を「ただ眺める」だけに訪れる、いわゆる「景観見流し型の観光客」がいくら増加しても、新緑・黄葉・連休・夏季休暇にのみに大混雑するだけで、しかも単に通過していくだけのことであって、かかる環境負荷に対する地域経済への大局的な効果などはほとんど望めない、という事実です。
ゆえに「現状でもたくさん人が訪れているのだからよし」とするのではなく「どういう人がどういう目的で来訪しているのか」そして「何人来たか」ではなく、自分たちの「迎え入れたい客層」が「どれだけ滞在したか」というマーケティングの視点が重要となってくるのです。そして、その結果から、何人の人が「再び訪れてくれるのか」という点を検討していかなくてはならないのです。
これは観光関係者間においてありがちな、単純に「経済効果を高めるためにもっと来る人を増やせ」であるとか「多過ぎるから自然保護のために制限しろ」といったレベルの議論ではありません。それが「自然環境の持続可能な利用」です。ここを改めて認識し、共有しておかなくてはなりません。

選んでほしい人に選ばれるための「迎える側の意思」の構築

奥入瀬渓流における星野リゾートの盛況ぶりは、「星野リゾート」という「ブランド力」に頼るところが大きいのではないでしょうか。このホテルの客層やリピート率、滞在日数等のデータなどは知る由もありませんが、その稼働率にばかり目を向けるのではなく、「奥入瀬」という地域そのものをターゲットとしている客層(星野のホテル、というブランドそのものを目的とする客層は少なくありません)を、何度も訪れたいと思わせるしくみ・滞在してみたいと思わせるしくみが、この宿泊施設でどのくらい機能しているかどうかに着目すべきでしょう。
国立公園としての奥入瀬・景観観光地としての奥入瀬のブランド力(知名度・認識度)は、一過性の物見遊山の観光客を誘致する力はあっても、滞在やリピートを促す力は持ち得ていないのではないでしょうか。ゆえに、奥入瀬本来の魅力と価値を生かしたエコツーリズム推進地としての新たなブランド構築が求められるわけです。
これまでの奥入瀬観光がアピールしてきたものは「森と渓流の景観美」でした。しかし景観美を誇る渓流ならば、他の地域にもあまたあるのです。奥入瀬ならではの「特徴」はどこにあるのでしょうか。他の景勝地とはどのように異なり、どのような価値や特異性があるのでしょうか。
他地域との差異化をはかる、すなわち奥入瀬の「新ブランド化」を目指すには、まずこれらの点を具体的に明らかにし(調査・解析)、奥入瀬の自然環境の「質」をアピールしていく(演出・展開)ことが重要です。

さらに「奥入瀬はどうあるべき場所か」という理念とビジョンの再構築と、地域におけるその共有が求められます。「訪れる側」に意思が必要であるように、これからは「迎える側」にも強い意思が必要となってくるのです。
どのような観光地を目指すのか。どういう人を呼びたいのか。そのためには何をするべきなのか。このような明確な将来像と設計図が必要なのです。選んでほしい人に選ばれる観光地を目指す、ということです。まさしく「迎える側の意思」の構築です。
どういう人に選ばれたいかが解らない(見えてこない)ということは、自分たちがどうなりたいかが見えていない、ということと同義ではないでしょうか。どうあるべきか・どうありたいかという理念とビジョンの欠如した地域に、ブランド化は望めません。地域ブランドとは、利用者を迎え入れる側が、利用者にどう思われたいかという目標(ブランド・アイデンティティ)を、その事業やサービスをどのように発展・継続させていきたいのかという意思(戦略およびビジョン)を背景に設定することです。
そして自然公園におけるブランド化とは、一過性の訪問者ではなく、その自然公園の「支援者」を育成するということでもあるのです。

「誰でもよいから来てください」と連呼されればされるほど・・・

観光の衰退を招く根幹的な問題は「自分たちはどこを目指すのか」という方向性の欠如です。奥入瀬とはこういう場所であり、こういうことが楽しめる場所であり、ゆえにこういう人に来て欲しい、というメッセージ性の弱さが衰退を招くのです。
この部分を確かなものにしていかない限り、不特定多数を対象とした旧態依然の受け入れスタイル、十年一日の観光プロモーション、オリジナリティも新味もないイベントの開催という負のスパイラルからの脱却は望めません。誰でもよいから来てほしい、一過性でもよいからたくさんお金を落としてほしい――このような心根が透けて見える観光地を、どうして人が「再び訪れたい」と思うでしょうか。
そういうところは全国にたくさんあります。観光関係者は、もっと旅行体験に時間を割くべきです。そしてそこで感じた「負の感想」を、ごまかさずあやふやにせず、ちゃんと解析するべきです。そして旅行者として迎え入れられた自分たちが、今度は旅行者を迎え入れるべき立場として、それと同じことをしていないかどうか、問題意識をもって検証すべきです。
訪れる側の意思・迎える側の意思が重要になっていることを認識し、観光客の入れ込み数の増減に一喜一憂するのではなく、迎える側の目的意識を持った姿勢を整えること。整理すれば、こういうことになります。

  • 奥入瀬はどのような観光地を目指すのか=どういう人に来てもらいたい場所なのか
  • 奥入瀬をどのように楽しんでもらいたいのか=どういう施設・システム・プログラムを用意したらよいのか

客層を選ぶ、ということに対する観光関係者からの批判は当然のことながらあるでしょう。いろいろなタイプのビジターがいてしかるべき、との考えは多くの理解を得やすいでしょう。優れた自然の享受の仕方は人それぞれ、という考えもまたしかりでありましょう。
しかしこうした八方美人的な思考・発想は、結局のところ、何も主張していないのにも等しくはないでしょうか。口当たりがよく、八方まるく収まり禍根こそ残さないかも知れませんが、それがなにかを変える起爆剤となるのでしょうか。むしろ地域ブランドを構築していく上で、こういう思考がしばしば障壁となることも留意しておかねばなりません。
ひとつの「場」の構築を求めるのであれば、その「場」にふさわしい客層というものが必ず存在するのです。客層(ターゲット)を想定し、そこに向けて特化したプロモーションを行うことは、マーケティングの基本です。観光地としてのスタンスを確かなものにする基礎なのです。

迎える側における確かな意思のある発信、メッセージ性に富んだ発信は、受け取る側の感性(興味・関心)を刺戟します。ターゲットを想定していない、通り一遍の宣伝にほとんど効果らしい効果が生じないのは、その発信が受け取る側の感性を何も刺激しないからではないでしょうか。
「誰でもよいから来てください」と連呼されればされるほど、意識の高い人の足は遠のくばかりです。
「あなた」にこそ来て欲しい。そのようにアピールされれば、そこはいったいどのような場所かと、人は関心を示します。
ブランドとは、こうして育んでいくものではないのでしょうか。

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