アピールすべき「ランブリング」という観光スタイル アピールすべき「ランブリング」という観光スタイル エコツーリスム講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

景勝区間を短時間で見流せばそれでよい場所、ではないはずなのに

奥入瀬を訪れた人たちは何を見ているのでしょう。観賞における対象は、一般に新緑や黄葉、清流や滝などですが、それらをただ単に見流して歩いているだけでは、ただ同じような景色が連続するだけなので、すぐに飽きがきてしまうとはよく耳にするところです。その結果、駆け足型や長距離走破といったスタイルになるか、車窓からの流し見ということになりがちです。

こうしたビジターの反応や動向を、経験的に熟知している旅行エージェントは、主として奥入瀬の人気区間(早瀬や滝のあるエリア)の一部を、時間制限を設けて早足で移動させて終わり、というプログラムを企画・催行しています。それがもう何十年も続いています。近年では、ただ歩かせるだけでなく、ガイドを同行させるパターンも増えてはいますが、短い時間で長い距離を移動させる上に、かなりの人数の1グループに対しガイドが先頭に1名というスタイルがほとんどで、後続のビジターにはガイドの解説の声など届きません。この問題を解決するために、マイクとイヤホンの活用など工夫も見られますが、奥入瀬のように歩道幅が狭いところでは列が長くなってしまい、先頭でガイドが何かを解説していても、後方の人には何を指して説明しているのかがわからない、といった状況がしばしば起こります。

ガイドにしても十分な解説をすることがかないません。どちらかといえば、団体引率におけるガイドはおまけのようなもので、十分な説明義務というよりは、いかに決められた時間内に団体を目的地点へ到着させるか、それがガイドの主業務となっていることは否めません。およそ詳しい解説や、自然への興味関心の啓発などを行う時間的余裕は与えられていないのが通常なのです。

こうした「短時間の見流しで十分」という奥入瀬観光の定番スタイルは、明らかに旅行エージェントが主となって形作られてきた負のイメージです。しかしながら、地元の観光行政やガイド団体もまた、滞在率やリピート率の向上に向けた具体的対策をほとんど何もとらずにきたことの結果であるということもまた否めないでしょう。

顧客のニーズに応じることはもちろん重要ですが、その一方で「奥入瀬の歩き方」の積極的なアピールを、地域はこれまでどれくらい行ってきたのでしょうか。むしろ受け入れ側の方がそういうスタイルに甘んじて、さほど改善の努力をしてきたようにも思えないのです。というよりも、その何が問題なのか。そのようなスタイルが求められているのだから、そのニーズに対応しているだけだ。何が悪い、という意見の方が根強いかもしれません。

結果として、奥入瀬に対するエージェントやビジターのニーズそのものが「一部の景勝区間を短時間で見流せばそれでよい場所」と位置づけられてしまい、観光客を長く滞在させてもすぐに飽きられてしまう場所、という旅行会社側の評価に、ますます拍車をかけてきたとはいえないでしょうか。

従来のトレッキング・スタイルから、ぶらぶら歩きのランブリング・スタイルへの転換

奥入瀬渓流の自然散策の基本スタイルは、トレッキングでもウォーキングでもなく、ランブリングと呼ばれる歩行形式がふさわしいのだと思います。

トレッキングやウォーキングは、いわばスポーツ的・運動的要素が強く、目的地に向かって進むという直線的イメージが強いものですが、ランブリングとはジグザグ、ぶらぶら、寄り道など、基本的に「よそ見」を主とする歩き方で、そもそも目的地への到達自体にあまり重きを置きません。むしろ、いろいろなものを「観て歩く」ことの方を重視するスタイルです。

「できるだけ短い距離を、できるだけ時間をかけて楽しむ」というスタイルなので、こちらの方がより自然と近しくなれます。奥入瀬渓流の全域を走破して達成感を得る、といった登山型・スポーツ的な楽しみ方とは、全く異なるカテゴリーに属します。

従来の景観観光は、景色をただ「面」で見流していくだけのことですが、「目に映る」ということと、「観ている」ということとは質的に異なるものです。自然観察とは、「面」から「点」へと視点を移し、じっくりと「点」を観て、次にその「点」をそれぞれつなげていくことで、再び「面」を味わうという視点の動かし方をします。ひとつの景観は、個別の多様な「要素」が集まることで形作られている集合体なのだ、という見方です。それが自然の「しくみ」と「なりたち」(あるいは「暮らし」と「歴史」と表してもよいでしょう)を学ぶきっかけとなるのです。

柔軟な視点を入手し、自然を「観る目」を養うこと。これが「ものを観る」ということを基本とするエコツーリズムのスタイルにつながっていくのです。

もとより自然を観賞することに要する時間は、ビジター自身が決めるものなのであって、他人に決めてもらうものではありません。例えばガイドブックにおけるA地点からB地点まで約30分という記載は、あくまで距離数に対する所要時間の一般的目安にすぎません。そこを20分で駆け抜けようが、90分味わおうが、それはビジターの自由です。

ところがどういうわけか、ビジターは案内書やサインにそう記されていると、その時間内で歩こうとする傾向が強く、また旅程(プランニング)をそのタイムを基に設定する傾向が強いのです。まるでそうしなければならないと誰かに強いられてでもいるように。しかし例えば1キロを20分で歩くか、それとも1時間かけて歩くのかは、ビジターがその場所の自然とどれだけ深く関われるか、関わろうとするか、そこでどれだけ濃厚な時間を過ごすのか、過ごそうとするのかによって、おのずと異なってくるはずなのです。

従来の観光スタイルには、こうした発想が全くありませんでした。むしろ「宝の山」の前を早足で素通りしていくようなスタイルばかりが奨励されてきました。奥入瀬においても同じ傾向が見てとれます。観光客の動態をじっと観察していると、いったいどうしてそんなにせかせか歩かなくてはならないのかと疑問になるくらい、全体に早足で移動していくのです。

それはあるいは日本人の「気質」によるものなのかも知れませんが(とはいえ海外でもトレッキングやフットパスウォークなどはただひたすら歩くだけなんですが)エコツーリズムを謳い文句としたツアーでさえ、しばしばそのパターンから洩れないことには首を傾げざるを得ません。いったい(ものを)「観て想う」時間がどこにあるのでしょう。

従来のトレッキング・スタイルから、ぶらぶら歩きのランブリング・スタイルへの転換は、ビジターに自然の構成物への「気づき」を促すという点で、たいへん有効なスタイルです。お客の足を決して「急ぎ足」にさせず、景観を「流し見させない」ことが自然全体への興味を深め、そのことが「そういう旅のスタイルを楽しむことができる」客層の滞在率およびリピーター率の向上につながり、やがては地域の活性化に発展する、という考え方です。

「効率」や「スピード」ばかりではない旅のスタイルが、スローライフを志向する少なからぬ人びとに求められています。昨今のそうした時代性を鑑みる時、登山でもウォーキングでもないランブリングという「知的な自然散策スタイル」の啓発と推進は、エコツーリズムの推進地を目指す奥入瀬にとって、重要な戦略のひとつとなるはずです。

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